両親が欲しかった中学時代
2008/05/28 Wed 00:24
早い話、僕には両親と呼べる人が居ません。
唯一僕の実母だけが遠い国で暮らしています。
そして、僕とは違う新しい家族と一緒に。
僕の家庭は複雑でした。
大好きな兄貴達とも、母親が違います。
僕は、浮気で出来た子供なんです。
そして、実ママは僕を棄てました。
理由は「男の子」だったから。
女の子が欲しかった。男の子は要らない。
そんな理由で、僕は棄てられました。
僕を拾ってくれたのは、パパでした。
兄貴達と、その母と、そしてパパと僕。
今は凄く仲良しな兄貴達とも、
この頃は一言も話したり遊んだりしませんでした。
・・・そんなこと出来なかったです。
優しそうなパパも、お酒を飲むと豹変しました。
母には嫌われてました。
今思うと当たり前だと思います。
浮気相手の子供が家の中に居るんだから・・・。
--
長くなるので追記にて↓
その前に
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唯一僕の実母だけが遠い国で暮らしています。
そして、僕とは違う新しい家族と一緒に。
僕の家庭は複雑でした。
大好きな兄貴達とも、母親が違います。
僕は、浮気で出来た子供なんです。
そして、実ママは僕を棄てました。
理由は「男の子」だったから。
女の子が欲しかった。男の子は要らない。
そんな理由で、僕は棄てられました。
僕を拾ってくれたのは、パパでした。
兄貴達と、その母と、そしてパパと僕。
今は凄く仲良しな兄貴達とも、
この頃は一言も話したり遊んだりしませんでした。
・・・そんなこと出来なかったです。
優しそうなパパも、お酒を飲むと豹変しました。
母には嫌われてました。
今思うと当たり前だと思います。
浮気相手の子供が家の中に居るんだから・・・。
--
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続きです。
生き地獄、そんな感じでした。
「痛い」と言えば更に叩かれた。
お腹が減っても、喉が渇いても、
食べさせて、飲ませてもらえるものはなかった。
新鮮な食べ物、飲み物は、
僕以外の人間のものでした。
月日が経って、僕は中学生になりました。
初めての学校って言っていいくらい、
それまでは、学校に行った事なかったから。
そして、両親が死にました。
自殺でした。
離れないように紐で結んで、電車に。
霊安室に行きました。
傍に居た人に「辛いかもしれないが」と言われました
けれど、
僕は泣けませんでした。
涙が、一滴も流れなかったんです。
兄貴達は泣いてました。
泣けない僕は、悪魔だと思いました。
その頃、付き合ってた彼氏が居ました。
その人が病院に来てくれて、会ったときに、
急に寂しくなって泣きました。
その頃から何かあるたびに、両親が欲しくなりました。
誕生日に
「両親をください」と言ってみたり
クリスマスに
「両親がほしい」とお願いしてみたり
幼少時代は話したりしなかった兄貴達とも
色々あって、その頃から話すようになり、
今みたいに仲良くなれました。
でも、両親が欲しいと強請る僕に
呆れてたと思います。
よく学校で作文の宿題が出ました。
題名は決められていて「家族」だったり。
その度に先生に呼ばれ同じようなことを言われました。
「辛かったら書かなくていい」
「無理して書かなくていい」
先生にとったら気を使ってくれてたと思うけれど
僕にとったら「特別扱い」が苦痛でした。
授業参観が一番嫌でした。
動物園みたいな、見世物みたいな、
檻の中に僕がいて、見物人が全員で。
ヒソヒソ話も、視線も、クスクス笑いも、
すべてが僕に向けてると思うくらいでした。
友達や、他の人の日記などで、
「親と買い物した」とか「親と喧嘩した」とか
そういうのを聞いたり見たりすると、
凄く羨ましくなりました。
僕にはそういう経験、一度もないからです。
「あんな親要らない。消えて欲しい」
という友達に
「じゃあ、僕にちょうだい」
と何度も言ったことがあります。
そんな事無理なのに、本心でした。
欲しかったんです。
傍に居て欲しかったんです。
僕は、
母に、パパに、抱っこされたことありません。
名前を呼んでもらったこともないです。
親からの愛というのを、僕は知りません。
兄貴達には優しかった母と、パパ。
いつも部屋の隅で見てました。
「いいな・・・」それがその頃の口癖でした。
僕にもし、両親がいたら
今の生活も変わっていたのかなって思います。
今の生活も充実していて、好きですが、
両親が居る生活も見てみたかったなって思います。
今は中学時代よりかは、欲しいと思うことはないです。
ふと、考えること、思い出すことはありますが。
年上の男性を求める僕は、
どこかでパパを、大人からの愛を
求めてるんだと思います。
長くなっちゃったし、話もよく分からないですね(゚Д゚;)
両親が居る人は、大切にしてくださいね。
親が居て僕たちがこの世に存在してるんだから。
って、子供が生意気なこといってごめんなさい。
でも、僕は、
両親には色んな酷いことをされてきたけれど、
今は好きです。もう会えないけれど、好きです。
よく言われるんです。
酷いことされてきたのに、どうして好きなのか。
それは、僕を殺さなかったからです。
僕は今、この世に存在してます。生きてます。
酷い事をしてきても、両親は僕を生かしてくれました。
殺すのが嫌だったかもしれないですけどね。苦笑
自分達の手を汚したくないとか・・・。
でも、僕をこの世においてくれたから。
それだけは感謝してます。
--
暗いお話でごめんなさい。
長くなりましたが、読んでくれて有難うございました。
僕は、この世に居れて幸せですよ。
兄貴達、友達、仲間、支えてくれる皆さんに出会えたから。
生き地獄、そんな感じでした。
「痛い」と言えば更に叩かれた。
お腹が減っても、喉が渇いても、
食べさせて、飲ませてもらえるものはなかった。
新鮮な食べ物、飲み物は、
僕以外の人間のものでした。
月日が経って、僕は中学生になりました。
初めての学校って言っていいくらい、
それまでは、学校に行った事なかったから。
そして、両親が死にました。
自殺でした。
離れないように紐で結んで、電車に。
霊安室に行きました。
傍に居た人に「辛いかもしれないが」と言われました
けれど、
僕は泣けませんでした。
涙が、一滴も流れなかったんです。
兄貴達は泣いてました。
泣けない僕は、悪魔だと思いました。
その頃、付き合ってた彼氏が居ました。
その人が病院に来てくれて、会ったときに、
急に寂しくなって泣きました。
その頃から何かあるたびに、両親が欲しくなりました。
誕生日に
「両親をください」と言ってみたり
クリスマスに
「両親がほしい」とお願いしてみたり
幼少時代は話したりしなかった兄貴達とも
色々あって、その頃から話すようになり、
今みたいに仲良くなれました。
でも、両親が欲しいと強請る僕に
呆れてたと思います。
よく学校で作文の宿題が出ました。
題名は決められていて「家族」だったり。
その度に先生に呼ばれ同じようなことを言われました。
「辛かったら書かなくていい」
「無理して書かなくていい」
先生にとったら気を使ってくれてたと思うけれど
僕にとったら「特別扱い」が苦痛でした。
授業参観が一番嫌でした。
動物園みたいな、見世物みたいな、
檻の中に僕がいて、見物人が全員で。
ヒソヒソ話も、視線も、クスクス笑いも、
すべてが僕に向けてると思うくらいでした。
友達や、他の人の日記などで、
「親と買い物した」とか「親と喧嘩した」とか
そういうのを聞いたり見たりすると、
凄く羨ましくなりました。
僕にはそういう経験、一度もないからです。
「あんな親要らない。消えて欲しい」
という友達に
「じゃあ、僕にちょうだい」
と何度も言ったことがあります。
そんな事無理なのに、本心でした。
欲しかったんです。
傍に居て欲しかったんです。
僕は、
母に、パパに、抱っこされたことありません。
名前を呼んでもらったこともないです。
親からの愛というのを、僕は知りません。
兄貴達には優しかった母と、パパ。
いつも部屋の隅で見てました。
「いいな・・・」それがその頃の口癖でした。
僕にもし、両親がいたら
今の生活も変わっていたのかなって思います。
今の生活も充実していて、好きですが、
両親が居る生活も見てみたかったなって思います。
今は中学時代よりかは、欲しいと思うことはないです。
ふと、考えること、思い出すことはありますが。
年上の男性を求める僕は、
どこかでパパを、大人からの愛を
求めてるんだと思います。
長くなっちゃったし、話もよく分からないですね(゚Д゚;)
両親が居る人は、大切にしてくださいね。
親が居て僕たちがこの世に存在してるんだから。
って、子供が生意気なこといってごめんなさい。
でも、僕は、
両親には色んな酷いことをされてきたけれど、
今は好きです。もう会えないけれど、好きです。
よく言われるんです。
酷いことされてきたのに、どうして好きなのか。
それは、僕を殺さなかったからです。
僕は今、この世に存在してます。生きてます。
酷い事をしてきても、両親は僕を生かしてくれました。
殺すのが嫌だったかもしれないですけどね。苦笑
自分達の手を汚したくないとか・・・。
でも、僕をこの世においてくれたから。
それだけは感謝してます。
--
暗いお話でごめんなさい。
長くなりましたが、読んでくれて有難うございました。
僕は、この世に居れて幸せですよ。
兄貴達、友達、仲間、支えてくれる皆さんに出会えたから。

















































泣きました・・・・
両親いないなんて、かなしいですよね
くぅるんは、お父さんいるけどお母さんいないから
ちょっと、気持ちがわかって泣きました・・・・(´・ω・`)
あのっ・・・応援してます!
そんなことがあったんですね…(><)
これからも、頑張って下さい
応援しています!!
蒼月の気持ちわかってます、
でも、蒼月は一人じゃないよ、
みんなはいつも蒼月のこと応援してあげます〜(^^)
だから、胸を張って、元気でして(笑)
ところで、うち結構ここがすきや、
毎日の課題です〜d◎v◎b。
でも自分は親があんまり好きじゃないです・・・・
居たらいたで困るけど、居なかったらいなかったで寂しいですよね・・・・
その貴方の姿を見て強い人になりたいなぁとやっぱり思います
ボトル拾ってきました(o ̄∀ ̄)/
両親がいなくっても家族と呼べる人たちがいるのは幸せなこと。
友達や支えてくれる仲間がいることはしあわせなこと。
両親がいなくっても今自分が今あるのは両親のおかげだから。
そう思う日がきっと来るよ。
きっと来ると願っています。
また来ますね(*´-`*)
可哀想とか上からモノ言ってるみたいで、言えないし言うつもりも無いけど、
もし自分がそうだったら・・・と思うと
寂しいな、と思いました。
何でも恵まれてどうしようもない人間になるよりは、いろんな事を考えて全うな人間になれるのは
いい事ですよね。
愛にはいろんな形があるのだと、今改めて実感しました。
読んでくれて&応援有難うございました
読んでくれて有難うございました。
少しでも自分のことを、こういう奴も居るってことを知って欲しかったんです(´`)
読んでくれてありがとう。
此処が好きだと言ってもらえて、凄く嬉しいです^^
読んでくれてありがとう。
友達には「親が居たらウザイだけだよ」って言われるんですが、それでも僕は暮らしてみたいって思います。もし居なくなったときに、親の有難みってのが分かるんだと思います。
親も自分が子供の時は、同じように親なんてって、思ってたかもしれないですしね(´`)笑
どうやったら、そんな人になれるかなんて分からないんですけどね・・・(苦笑
本当に嫌いなら預けたり、色々とするだろうけど、命を残してくれたのは有り難いって思いますからね(´`)今こうして色んな世の中を見れる訳だし^^
コチラこそ有難うございます☆
僕も兄貴達をこれからも大切にしていきます:)
両親が居なくなってから、何度も死にたいって思ったり行動に移そうとして、兄貴達や友達を傷つけたこともあったけれど、それでも何度も支えてくれる人達が居て、だから今は生きてて楽しいって思えるようになりました^^
あの時殺さなかった両親には、本当に感謝してますよ。
またきてくださいね☆
色んな人間が居るけれど、でも、僕は色んな人を見て考えられる人間になりたいです。
色んな愛の形、大事にしていきたいです^^
私も、母の二度の離婚に振り回されきましたが、親を嫌いになることはできなかったよ…
だから私は早く自分の家族がほしくて、今は自分の居場所がやっとできた感じです。
あなたも、もしかしたら親になり、いとおしい子供に恵まれ、親になるかもしれない、その時は絶対大切にしてね!
子供にはたっぷりの愛情をそそいであげてね!
親を少しは恨んだりする事あったけど、完全に嫌う事は未だに無理ですね。命を残してくれただけ有り難いって想っているので。
僕は親になれるのかな。まだ想像とか出来ないですけどね。
でも、今は兄貴の子供に愛をあげてますよ★
甥には母親が居ないので寂しくないように、いつも一緒に居て遊んで、話を聴いて。
自分がして欲しかったことを今は甥にしてます^^
縁を切るとかはソレは、こうたん自身の問題だから僕は何も言えないけど、
自分を殺さなかったこと、本当は殺したかったかもしれないって、
自分たちの手を汚したくなかったから・・とか正直、そう思ったり考えたりしたけど、
それでも、此処に存在してるってことは、両親が生かしてくれたからだから。
酷い事とか、されてきた事は許せないし今でも思い出して辛くなるけど。
だとしたら良いなって思うけどね。
それは両親に聞かないと分からないことだから・・・。
でも、一度は殺されかけたけど。。